2018年12月31日

2018年を振り返る

毎年大晦日には自分自身で振り返ることをしています。
年末年始がほとんど休みがなくても必ずやっているように思います。
このブログでは初めてですが。

年単位で考えると、去年までと今年(今現在)と比べると思った以上に変化しているように思います。

・不採用だろうと思っていた会社への転職。
・少しずつ学んでいた仏教、哲学が「ラジオ瞑想」でステップアップ(たぶん)。
・さらに過熱した一眼レフカメラ&インスタ。

ハッキリ言って今年はこの3つです。


カメラは以前からやっていたのですが、敬遠していたインスタを始めることになり楽しくなったのだけど、イイネ評価が楽しくて貪欲になるいわゆる“SNS疲れ”っぽい感じにもなってしまいました。
しかし、ただウケ狙いで撮影はしていないので、より良い写真を撮ろうと積極的に撮影に出かけてひたすらに努力をし、多少なりとも腕は上がったかなと。
でも無理しすぎると虚しさを感じることがあるので(笑)今後は少しペースと落としてマイペースで行こうかなと思っています。

ずっとやるわけにはいかないと思っていた前職を辞めて、未経験の仕事に就職。
気がつけばもう9ヶ月勤めたけど本当に早かった。
歳とともに覚えるのが大変・・というかもともと頭が悪いせいもある(笑)
辛い仕事はそれなりに色々やったけど、これまでとはまた違う大変さ。
でもまあ良いところも多いのでなんとか続けられています。

多くの仕事(業種、職種)を経験できるってのもある意味幸せ。
(相当転職している)
多くの会社、人、仕事を見てきたからわかる事も多い。
なにしろ柔軟になりました。


最後は生活のベースである生き方・哲学ですが、小出遥子さんの本、そして「ラジオ瞑想」に出会ったことです。(小出遥子さんのブログ
実際、劇的な変化というのは実感できていないですが、毎日(ほぼ)瞑想ができているというのは凄いことです。一人では続けにくいという僕みたいな性格でも毎日放送していただいているので習慣のようになり、続いています。

昨日のツイキャスでも書きましたが、実は浄土系仏教って途中から派生したもので邪道とまで思っていました。原始仏教に近い上座仏教や禅宗のほうが気に入っていて、いつかは「悟り!」(無理かもしれないけど)と志というかベクトルはそちらへ向いていました。

しかし、ほんとうにいつ頃からか覚えてないですが、浄土系の「すべては救われる」論への疑いが薄らいできていました。

そんな折に「ラジオ瞑想」が始まりました。

初めは半信半疑でとりあえずやってみるかという感じで始めてみました。
その内容とは瞑想とも言えない瞑想(小出遥子さん談)ですが、初めに気に入ったのは呼吸法で、これをやるだけで身体がスッキリします。

「丹田をイメージして気を下ろす作業」(ラジオ瞑想第1)や「透明な目になって自分を見つめる作業」(ラジオ瞑想第2)、どちらも新鮮ですが少々難しいですけどね。

中でも第2は、表現は違えども昔から聴いたり読んだりしていた事ですが、実際に生活で取り入れるのは困難なことで何しろ難しいのでついつい忘れてしまうこと。
しかし、これを体感することができるトレーニング(カリキュラム)なんです。これは凄いです。続けているときっと何かに気づけそうです!
まだまだうまく体感できていませんが、時々いつもと違う感覚になったりはするので、何かあるといいなと軽く思いながら継続していきたいと思っています。

効果のほどはさておき、以前よりは割と落ち着いて生活ができているようにも感じます。

来年はそれこそ頭や感情よりも、肚中心で生きて行きたいなと。
それともっと勉強したいと思っています。

というわけで本年はこれまで。
最後までお読みいただきありがとうございました。


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2018年12月24日

やっぱり友だちはいらない。(押井守著)

「押井守」
なんだか名前は聞いたことがあるが、誰だっけ?
押尾学と間違えたり・・ プロフィールを見るとアニメ監督さん。

知っているアニメを多くてがけていました。
古いものだと「太陽の子エステバン」「ニルスの不思議な旅」などは見てました。 うる星やつら、パトレイバーなどはあまり興味がなかったですけど。
タイトルに惹かれて手に取ってみたらなんだか面白そうで、いい言葉が散りばめられていたので雑感ですが記事にします。

2018年12月23日

すべては一つか

以前記事にした小出遥子さんがツイキャスで放送しているラジオ瞑想というのを実践しています。
(詳細は省略)

小出遥子オフィシャルサイト

2018年8月20日

心を中道にもっていくと、その先の心が変わった話。

ブッダの言う「中道」とは極端ではないこと、偏らない事というような意味があります。

今日あることを実践することで偶然にも気づくことができたのです。

最近はあまりに仕事がつまらなくて自分でも困っていたのですが、わかっているのですが自分でも何ともし難い感情があります。

2018年8月16日

謙虚でなかった

人に頭を下げるということは、謙虚であるということ。

ここで言いたいのは行動(行為)ではなく、その「心」があるかどうかということだ。

2018年8月13日

現時点での【さとり】の結論。(読書録)

前回の記事まで連続して読書録を書いてきた、小出遥子さんの『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』の感想を書きたいと思います。

2018年8月12日

「ほんとうのいのち」に従って生きること(大峯顯)(読書録)

引き続き、小出遥子著『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』の読書録です。

今回は第6回(最終回)、専立寺前住職の大峯顯氏との対談です。

2018年8月11日

死では終わらない物語を生きること(釈徹宗)(読書録)

引き続き、小出遥子著『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』の読書録です。

今回は第5回、如来寺住職の釈徹宗氏との対談です。

2018年8月7日

自分をまるごと受け入れて生きること(堀澤祖門)(読書録)

引き続き、小出遥子著『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』の読書録です。

今回は第4回目、三千院門主 堀澤祖門氏との対談です。

2018年8月6日

「いま」という安らぎの中に生きること(小池龍之介)(読書録)

引き続き、小出遥子著『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』の読書録です。

今回は第3回、月読寺住職 小池龍之介氏との対談です。

2018年8月5日

夢であると気づいた上で夢を生きること(横田南嶺)(読書録)

前回に引き続き、小出遥子著『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』の読書録の第二回です。

今回は臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺氏との対談です。

2018年8月4日

つながりを楽しんで生きること(藤田一照)(読書録)

小出遥子著『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』の読書録①

小出瑤子氏と6人の僧侶の方との対話集。
今回は初めの藤田一照氏との対談「つながりを楽しんで生きること」の感想。

2018年8月3日

自分の幸せ

このブログの右の「マイブログリスト」(PC表示で)に小出遥子さんのBlog Templeというブログがあります。

7/31の「浮気すんな!」を読んで思ったこと。

2018年7月31日

ストレスについて考えた

先日、友人が楽なだけでなく「ストレス」も必要だよなとつぶやいていた。

しばらく経って、ふと思い出した。

なんとなく言わんとすることがわかるのだけど、それは「負荷」ということだそうだ。

2018年7月24日

ノロマなランナー

またまた森博嗣氏の本より。

「今のままで良いのか」といつまでも意識したいというテーマ。

小説好きな人なら知っているだろう森博嗣氏。
哲学者でもなんでもない、基本小説家である。
(主に推理小説)

しかしエッセイは彼の思想や思考が鋭くほとばしっているので面白い。

今回はどんと引用させてもらいます。

2018年7月23日

自分らしさ

またも森博嗣氏の本を読んで思ったことを記す。

テーマは「自分らしさ」だ。

日本が高度成長した後、僕が大人になった頃からだろうか。
日本の教育が記憶力優先の詰め込み教育だった為に個性の無い人間(社会人)が増えてきたので、やたらと「個性を出す」ということが言われ始めた気がする。

2018年7月22日

一人は寂しいか

またもや森博嗣氏の本を読んで思ったこと。

「一人で遊べる人は寂しいとは感じない」という頁がある。
一人で遊んでいる人は、寂しさなんか感じていなくて、
そうではなくて、誰かと一緒にいないと遊べない人こそ寂しがり屋であるという(著者の)考えだ。

2018年7月21日

プライベートな時間にも仕事の事を考えるということ

様々な仕事をやってきたが、責任ある仕事に就いているときほどプライベートな時間にも何かと仕事の事を考えるものだ。 

2018年7月18日

他者に対する欲は無い?

作家森博嗣氏のエッセイを読んで思ったのだが、その中で著者は他者に対する欲がなく、自分に対する(自分にしてもらいたい)欲ばかりだという。

なるほど、面白い。

ここでいう他者に対する欲というのは他者から金を取りたいとかいう欲も含む。

100%では無いにしてしろ大方共感できる。

過去はどうだったかあえて思い返さないが、考えてみれば今の僕はやはり自分に対する欲が多いかもしれない。

ああなりたい、こうなりたい、苦手を克服したい、いろいろと上達したい、成長したい、満足した未来が欲しい、金が欲しいなど。


いやまてよ、やはり仕事では他者に欲はあるか。

ああして欲しい、こうして欲しい、こう変わって欲しい、考えを変えてほしい、給料も上げてほしい・・

やはり僕はただの凡人だった。

2018年7月10日

「限りなくシンプルに、豊かに暮らす」から想うことを述べる③

今回のテーマは「100パーセントの快適を求めない」

本には現代では季節に合った服があり、空調で温度管理ができ、いつも快適でいられることに対して、僧侶は一年を通して作務衣で
お寺も空調がない為、冬の畳の上は温かくて快適であるというようなことが書かれています。

2018年7月9日

「限りなくシンプルに、豊かに暮らす」から想うことを述べる②

今回のテーマは「お腹いっぱい食べようとしない」

腹八分目あるいは腹七分目など満腹になる前でやめることが体によいと書かれております。
「食べ放題」で元を取ろうと食べ過ぎたり、家では残さず食べようと思い食べ過ぎてしまうこと。
そのようなことは頭で食べるということで、それよりも身体の声に耳を傾けることを勧めています。

2018年7月8日

「限りなくシンプルに、豊かに暮らす」から想うことを述べる①

多くの著書を書かれている曹洞宗の桝野俊明氏の「限りなくシンプルに、豊かに暮らす」の内容について書こうと思います。

日本の仏教の教えの中でもやはり禅宗は原始仏教に似ているところがあるので惹かれます。
一般の人でも読みやすいエッセイのような本です。
言葉としては知っていること、解っていることが多いですが、禅の教えをわかりやすく細かく分けて書かれていて何かあったときにすぐに開いて読めそうなので買う価値があると思い購入しました。

本の感想というよりも、自分の考えを述べられそうなテーマをピックアップして考えを述べたいと思います。

今回は「あえて不便さを選ぶ」

2018年6月26日

人生を良くしようという欲望

またも久々の投稿です。

前回の記事から半年以上経ちまいしたが、実生活ではそれなりに努力をし転職もできました。