読もう読もうと思っていて、ようやく読み始めたらとても面白い。
重要なところをノートに控えながら読んでいくとかなり時間が経ってしまった。
僕にとってここまで熱心に読んだ本は久々かもしれません。
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思考と思想の初心者のブログ。
思想・哲学・道徳・宗教(主に仏教)から生きる事を考えています。
人生まだまだ序の口の精神で、紆余曲折しつつ、自己研鑽しつつ、前向きに珍道中を歩んでおります。
2019年9月1日
2018年8月20日
心を中道にもっていくと、その先の心が変わった話。
ブッダの言う「中道」とは極端ではないこと、偏らない事というような意味があります。
今日あることを実践することで偶然にも気づくことができたのです。
最近はあまりに仕事がつまらなくて自分でも困っていたのですが、わかっているのですが自分でも何ともし難い感情があります。
今日あることを実践することで偶然にも気づくことができたのです。
最近はあまりに仕事がつまらなくて自分でも困っていたのですが、わかっているのですが自分でも何ともし難い感情があります。
2018年8月13日
2018年8月12日
「ほんとうのいのち」に従って生きること(大峯顯)(読書録)
引き続き、小出遥子著『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』の読書録です。
今回は第6回(最終回)、専立寺前住職の大峯顯氏との対談です。
2018年8月11日
2018年8月7日
2018年8月6日
2018年8月5日
夢であると気づいた上で夢を生きること(横田南嶺)(読書録)
前回に引き続き、小出遥子著『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』の読書録の第二回です。
今回は臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺氏との対談です。
今回は臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺氏との対談です。
2018年8月4日
つながりを楽しんで生きること(藤田一照)(読書録)
小出遥子著『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』の読書録①
小出瑤子氏と6人の僧侶の方との対話集。
今回は初めの藤田一照氏との対談「つながりを楽しんで生きること」の感想。
小出瑤子氏と6人の僧侶の方との対話集。
今回は初めの藤田一照氏との対談「つながりを楽しんで生きること」の感想。
2017年5月3日
四聖諦と八正道 「苦しまなく、ていいんだよ」を読み解く④
前回の記事で触れた「四聖諦」。
ブッダが悟りを開いた後、最初に教えを説いたのが「四聖諦」(ししょうたい)(または四諦)と言われています。
ここではプラユキ氏の著書をベースにしてまとめたいと思います。
前回にも書きましたが、「苦」はあるけれども、よく見て対処すれば滅することができるというものでした。
「諦」は“あきらめる”という意味ではなく、“明らかにする”“はっきりとする”“見きわめる”という意味です。
四聖諦は4つ段階があります。
①苦諦(くたい)
苦しみの現象の認知。
自身に生ずる苦に気づき、それを対象化し、しっかりと受け入れて消化を図る。
②集諦(じったい)
その原因の確認。
無明・痴・渇愛・欲・執着に気づき、正しく対応する。
③滅諦(めったい)
苦しみの終滅
④道諦(どうたい)
苦しみを滅する実践方法
となります。
因果関係で考えれば、集諦が因で苦諦が果です。
そして、道諦が因で滅諦が果となります。
重要な「③道諦」とは具体的にどのような方法なのかもブッダは提示されています。
それが「八正道」という教えです。
八正道は名のとおり8つの項目から成り立ちます。
①正見
四聖諦や因縁関係でものごとを見、特定の見解にハマり込まない中道的な見方。
②正思
欲や怒りに染まった思考、対象を破壊したり傷つけたりといった思念のパターンを自覚して、分かち合い、調和しあう方向に心を向ける思考。
③正語
偽らず、やさしく、調和を育む有意義な言葉の使い方。
④正業
いのちを傷つけたり、盗んだりすることのない行為。
⑤正命
生命の売買、心身を蝕む薬物の売買、武器の売買などを避けた生き方。
⑥正精神
悪を取り除き、防ぎ、善を維持し、育み、完成させようとする努力。
⑦正念
心身に起こっていることをありのままに自覚する気づき。
⑧
心が落ち着き、同様や錯乱せずに集中して安定した状態。
四聖諦における苦しみの確認作業を正しく行うだけでもかなりやわらぎ軽減されるとされています。
八正道の⑦正念がその役割を果たすからとされています。
ようするに今起こっていることを気づき、確認することが非常に大切だということがわかります。
②③④⑤あたりは道徳的な感じが強いですが、そこはベースとして、その他を日々の生活に取り入れてゆくことができるか、できているかが肝心だと思います。
また、この八正道は、簡潔でありますが、その反面、解釈が難しく奥が深いように思います。
将来的にもっと洞察していきたいと思います。
ブッダが悟りを開いた後、最初に教えを説いたのが「四聖諦」(ししょうたい)(または四諦)と言われています。
ここではプラユキ氏の著書をベースにしてまとめたいと思います。
前回にも書きましたが、「苦」はあるけれども、よく見て対処すれば滅することができるというものでした。
「諦」は“あきらめる”という意味ではなく、“明らかにする”“はっきりとする”“見きわめる”という意味です。
四聖諦は4つ段階があります。
①苦諦(くたい)
苦しみの現象の認知。
自身に生ずる苦に気づき、それを対象化し、しっかりと受け入れて消化を図る。
②集諦(じったい)
その原因の確認。
無明・痴・渇愛・欲・執着に気づき、正しく対応する。
③滅諦(めったい)
苦しみの終滅
④道諦(どうたい)
苦しみを滅する実践方法
となります。
因果関係で考えれば、集諦が因で苦諦が果です。
そして、道諦が因で滅諦が果となります。
重要な「③道諦」とは具体的にどのような方法なのかもブッダは提示されています。
それが「八正道」という教えです。
八正道は名のとおり8つの項目から成り立ちます。
①正見
四聖諦や因縁関係でものごとを見、特定の見解にハマり込まない中道的な見方。
②正思
欲や怒りに染まった思考、対象を破壊したり傷つけたりといった思念のパターンを自覚して、分かち合い、調和しあう方向に心を向ける思考。
③正語
偽らず、やさしく、調和を育む有意義な言葉の使い方。
④正業
いのちを傷つけたり、盗んだりすることのない行為。
⑤正命
生命の売買、心身を蝕む薬物の売買、武器の売買などを避けた生き方。
⑥正精神
悪を取り除き、防ぎ、善を維持し、育み、完成させようとする努力。
⑦正念
心身に起こっていることをありのままに自覚する気づき。
⑧
心が落ち着き、同様や錯乱せずに集中して安定した状態。
四聖諦における苦しみの確認作業を正しく行うだけでもかなりやわらぎ軽減されるとされています。
八正道の⑦正念がその役割を果たすからとされています。
ようするに今起こっていることを気づき、確認することが非常に大切だということがわかります。
②③④⑤あたりは道徳的な感じが強いですが、そこはベースとして、その他を日々の生活に取り入れてゆくことができるか、できているかが肝心だと思います。
また、この八正道は、簡潔でありますが、その反面、解釈が難しく奥が深いように思います。
将来的にもっと洞察していきたいと思います。
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