無財の七施「苦しまなくて、いいんだよ」を読み解く⑦

一般に「布施」といえば寄付という意味で使うことが多いですが、上座仏教では「布施」を大きく「財施」と「法施」の二種類に分けているそうです。

引用

「財施」はお金や物品を与えること、「法施」は必要な知識を与えたり、善き教えを伝えたりすることです。
「財施」は現実生活のための直接的な支援であるのに対し、「法施」は当人がその後自らに頼り自助できるようになる為の支援と分類してもいいでしょう。
たとえれば、果物を直接与えるのを「財施」としたら、果物の栽培方法を教えるのが「法施」ということになりましょう。

また、財施でも法施でもない「布施」というものが紹介されています。
財産や地位、知識はなくとも布施はできるというもので、自身の得が積めるという教えで、大乗仏教の「雑宝蔵経」(ぞうほうぞうきょう)という経典の中にある「無財の七施」というものです。


引用

【無財の七施】

1.眼施(げんせ)
やさしいまなざしで見つめる

2.和眼悦色施(わげんえつしきせ)

なごやかな顔つきで接する

3.言辞施(ごんじせ)

あたたかい思いやりのある言葉を語る

4.身施(しんせ)

自分の身体を使って奉仕する

5.心施(しんせ)

他者を気遣い、心を配る

6.牀座施(しょうざせ)

席や場所を譲る

7.房舎施(ぼうしゃせ)

雨風をしのぐ場を与える

思ったのですが、どの項目も優しさ、相手を思いやる親切心が無いと難しいものです。
その相手を思いやる心があれば普段から実行できているものと思いますが、なかなか言葉遣いや顔つき、まなざしなどは思いもよらない態度や発言などすることもあるかと思います。
また道徳的ではあり、例えて言えば論語のような古典にも出てきそうで、ありふれているような言葉という感じもありますが、実際実行できているか問うてみるとなかなかできていないこともあります。
普段の生活の基礎と考えて、心得て生きて行きたいものです。

これらは得が積めるということもありますが、ただ行う事が目的であってはいけないと思いますし、自発的に行えるようになるには、そこにはやはり優しさ、謙虚さがないと本当の布施にはならないように思います。



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